自分にとって、嫌なことは、いろいろあります。

それを考えると気持ちはどうなるでしょう?

そう、嫌な気持ちなります。

でも、なぜ嫌な気持ちになるのがわかっていて嫌なことを考えるのでしょう?

アドラー心理学の観点から考えると、人が嫌なことを考えるのには特定の目的があるとされています。アドラーは人間の行動にはすべて目的があり、その行動によって何かしらの利益や目的を達成しようとしていると考えます。嫌なことを考える目的として、以下のようなものが考えられます。

注目を引くため:
嫌なことを考え、周囲の人に話すことで、注目を集めようとすることがあります。これは、他人からの同情や関心を引くことを目的としています。

責任回避:
嫌なことや不安なことを考えることで、自分が行動を起こさない理由を正当化することがあります。これにより、リスクを避けることができると感じることがあります。

自己正当化:
嫌なことを考えることで、自分が被害者であることを強調し、自分の行動や選択を正当化することがあります。これにより、他人からの批判や非難を回避することができます。

自己成長のため:
嫌なことを考え、それに対処することで、自己成長を図ろうとする意図があります。この場合、ネガティブな思考は自己改善のためのステップとして位置づけられます。

安心感の獲得:
予め嫌なことを考えておくことで、実際にそれが起こった場合の精神的な準備をすることができます。これにより、予期せぬ出来事への不安を軽減することができます。

果たして、どう思いますか?

私の場合は、嫌なことを考え、嫌な気持ちになり、その嫌な気持ちを怒りとかで解消したい。つまり、嫌なことを考えても嫌な気持ちにならないようにしているのではないかと思います。